鏡合わせの皇子と玩具 序章
ジノ・ヴァインベルグはある日突然思いついた。
そうだ、記録を書いてみようと。
そんな彼のふとした思いつきのお陰で、当時国民にも大人気だった、あの「鏡合わせの皇子」と呼ばれていた不思議な双子皇子とその皇子に振り回されまくる人生を送った騎士、枢木スザクとの日常が後世の私達にも克明に描けるようになった。
今ではこの三人をモチーフとした小説、ドラマ、映画は星の数にも上り、その人気は数百年経った現在でも衰えることを知らないことは皆さんも御承知のことだろう。
人の興味を捉えて離さない魅力がこの三人のどこにあるのか、多くの学者が独自の研究を重ね論文を発表しているが、本書はあえてジノ・ヴァインベルグ著の原書を紐解いていきたいと思う。
ああ、あまりにもその名は有名なためうっかりしてしまったが、念のため双子皇子の名前ここに記しておこう。
この国に生まれた者なら誰もが知っている伝説の双子皇子、ゼロ・ヴィ・ブリタニアとルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
物語の始まりはそう、騎士を持つ年齢になった敬愛する双子皇子のもとへジノ・ヴァインベルグが騎士の申し込みをした所から始めるのが妥当だろう。
(「こどもから大人まで楽しめる!~再発見、双子皇子と幸運な騎士の魅力☆~」前書きより一部抜粋)
「騎士にして下さい!!」
穏やかな昼下がり、白亜の離宮アリエスのテラスに響いた大声に、心地良い影を作ってくれている木々に停まっていた小鳥たちがバサバサと飛び立って行ってしまった。
色鮮やかな小鳥たちを見送った二対の紫水晶は、そのまま視線を風に揺れる三本の三つ編みに移動させると、あっさりと首を振った。
「「いやだ。」」
「何でですか!?」
綺麗なハーモニーに拒絶され、ジノは悲嘆の声を上げた。
その暑苦しい表情に鬱陶しそうに眉を顰めながら(二人とも一ミリのズレもなく全く同じ角度で)、最高級のルビーのピアスをした皇子、ゼロが桜色の口を開いた。
「だって、」
次にほんの少しの間もなく、アメジストのピアスをした皇子、ルルーシュが同じようにぷるんとした柔らかな口を開く。
「もう決めてしまったんだ。」
「父上にも許可を頂いたし、」とゼロ。
「今ごろビスマルクが式の日程を組んでいる頃じゃないか?」とルルーシュ。
「「だから無理。」」最後は揃って囀る。
この双子の皇子は見た目には全く区別がつかない。身長・体重はもちろんのこと、髪の長さも、黒子の数から位置まで、何から何まで同じなのだ。
鏡合わせのようにそっくりな二人はそのことを利用して散々悪戯をし、その被害者である皇帝が二人に色違いのピアスを贈るまで、母親であるマリアンヌですら区別がつかなかった。
しかしこの双子が「鏡合わせ」と呼ばれるにはそっくりであること以外にもいくつか理由がある。その理由のひとつがこの話し方だ。ワンセンテンスを二人で交互に話して完成させるのだ。
初めての人は面食らう二人の話し方だが、二人の幼馴染とも言えるジノ・ヴァインベルグは今さらそんなことには動揺しなかった。
「誰ですか!?」
今までこの見目麗しい皇子達に悪い虫がつかないようにしてきたジノはハンカチを切り裂く勢いで聞いた。
「スザク。クル、クル・・・。ええと、何だったかな。」
「クルルギ・スザクだよ。」
舌が絡んでしまいそうな兄皇子をフォローしたのは弟のルルーシュ皇子。
「そうそう、クルルギ・スザク。」
「何者ですか、そいつは!?聞いたこともありませんよ。」
一体どこの馬の骨だと鼻息を荒くしたジノの前では、双子がそれこそ鏡合わせのように全く同じ角度で首を傾げていた。
「たしか、」
「イレブンだったか。」
「もと日本だな。」
「ジノが好きなゲイシャがいる国だぞ。」
「「よかったな。」」
何がいいのか全くわからないジノは空色の瞳にうっすらと涙を浮かべた。
「何故私を選んで下さらなかったのですか?」
すると双子は困ったように口を少し曲げた。
「確かにお前には悪いことをしてしまったかもしれない。」
「でも、どうしてもアイツがいいんだ。」
「そう、ある意味、」
「「一目ぼれだな。」」
僅かにはにかんだように頬を染めて笑う双子皇子はそんじょそこらの有名な絵画よりもよほど美しい。
目を奪われ、言葉もその美しさの前では自由に解き放てない圧力に負けずに、ジノは食い下がった。この皇子達の騎士になるのが彼の幼いころからの長年の夢だったからだ。
それをまるで知らない外国人に奪われたとなれば、大人しくもしていられない。
「なぜクル、クル、ええと、スザク!!そいつがいいんですか?」
クルルギの発音は生粋のブリタニア人には舌の強制労働のように厳しいものがある。
ゼロとルルーシュはジノの言葉に悪戯っぽく目を細めて、お互いを見て答えた。
「だって、」
「凄く」
「イジメがいがありそうだったから。」
「「面白そうだろう?」」
そのキラキラと輝く二対の紫水晶を見た瞬間、ジノは何となく悟った。
この双子皇子に選ばれたのは、騎士ではない。
生贄だと。
そして実際、この時のジノの印象は間違っていなかった。
悪戯好きな双子皇子に振り回される騎士スザクは、騎士というよりも彼らの玩具のように生涯二人に遊ばれていたから。
そんな鏡合わせの皇子と玩具、改め騎士の騒がしい日常はまた次のお話。