・長編「SIGN」15-2
・15-1をお忘れだと思うので、まとめておきました。
なかなかお話が進まなくて申し訳ないですが、少しでもお楽しみ頂けますように。
次こそスザクさんの登場です!
※15話はまだあと少し続きます。
何事もなく動く四角い箱は特派が居を構える階へと二人を運んだ。
エレベーターを出るとそこはいつもの特派の雰囲気ではなかった。
特派は変わり者の主任のせいで、というよりもその更に上の上司であるシュナイゼルの方針で少数精鋭で構成されているため、他の軍事を扱うフロアよりも静かで、どこかほのぼのとした雰囲気さえ漂っているのだが、ここ最近はランスロットの適合者を探すための試験を繰り返しているため人が溢れている。
スザクが試験を受ける今日も例外ではなく、たくさんの学生が廊下で待機していた。
彼らは一般の見学者ではなく仮にも士官学校の生徒であるので、騒ぎ立てるようなことはしていないが、世界で唯一の第七世代ナイトメアフレームを間近にして興奮を抑えることはできないらしく、小声で隣の者と話をしている。さざ波のように聞こえてくるサワサワとした声と若い体から発せられる熱気で、廊下は一種独特な様子を醸し出していた。
皇族専用エレベーターが開いたことにより、響いていた声はドミノ倒しのように静かになっていったが、見習い騎士の証である小ぶりな剣を腰に佩いたカレンに続いて扉から出てきた漆黒の皇子に廊下に籠もっていた熱は一気に沸騰したように熱くなった。
黒絹の髪に、憂いを含んだ艶のある紫水晶の瞳、一流のダンサーのようにピンと伸びた美しい背筋。蛍光灯を反射して光る黒い編みあげブーツがカツリカツリと硬質な音を響かせる度に、学生達は陶然と膝をついて頭を下げていった。
完璧な王者のように膝まづく者を従えて堂々と歩くルルーシュの心中はというと、しかし決して穏やかではかった。
建前としては自分が開発したランスロットのパイロットテストを確かめるというものだが、実質はスザクに会いにきただけなのだ。
いつも一人きりでスザクが森に来るので失念していたのだが、試験を受ける学生は何もスザク一人ではないのだ。まさかこんなにも人がいるなど予想していなかった。
戦術を立てることが得意なルルーシュにあるまじき失態の原因は、いつになくらしくもなく浮かれていたからなのだろう。
SIGN15
森でスザクに出会ったあの日から少しずつ自分に変化が現れているのを、ルルーシュは敏感に感じていた。それは己の命よりも大切な人を失ってしまってから石のように固まり、変化を拒んできた自分には信じられないような状況だ。
だからほんの少し信じたくなったのだ、明日という未来の可能性を。
過去を忘れようだなんて思わない。いや、忘れることなど許されないのだ。どんな痛みであろうと、苦しみであろうと、この身に刻印のように焼きつけて覚えていなければならない。しかしその痛みに負けて閉じこもり、守ってもらうことしかできない今の状況は全く好ましくない。こんな役立たずでお荷物でいるようならば、あの日潔くこの命を絶ってしまえばよかったのだ。
皆のためにも死んだ方がいいのだと思う癖に、その一方で自分を支えてくれる人の期待をこれ以上裏切りたくない、失望されたくないとも思うのだ。そんな相反する気持ちを抱えている時にスザクに出会ったのだ。そして僅かながらにでも変わっていく己と向き合い、痛みや苦しみを受け止めて抱えながらも、一人で立てるように強くなりたいとルルーシュはそう願うようになっていた。
それなのにどうだ。
見知らぬたくさんの人と同じ空気を吸っているだけで、今にも倒れてしまいたくなる。倒れてしまいそう、なのではなく、倒れてしまいたいのだ。意識を失えば何も感じなくなることを覚えている体が自然とそう望む。
己の弱さに吐き気がした。
忌々しいと端正な顔を歪め、無言のまま足を進めるルルーシュはカレンが開けた透明な扉を潜った。無人のその部屋は入って右側が一面大きなガラス張りになっていて、下の実験室を見下ろせるような造りになっている。
部屋の安全を確かめたカレンが皇子の訪問を知らせに部屋を出て下へと降りて行くのを見届けると、ルルーシュはガラスに近づき実験室を見下ろした。
鈍色に輝く様々な機械の波の中に、求めていた茶色のフワフワが見当たらない。先程廊下に溢れていた学生の中にスザクの気配を感じることはなかったので、この部屋にいるのだろうと思っていたのだが、姿が見えない。
もしかしてもうスザクの試験は終わり、帰ってしまったのだろうか。
やはりロイドに先触れをして、時間を聞いておけばよかった。どうして自分のすることはこうも空回りが多いのだろうとルルーシュが嘆息すると、ドアが勢いよく開いて、奇妙に高い声が響き渡った。
「こ~ん~に~ち~は~、殿下!!」
白衣を翻し、小躍りをするような珍妙な動きをしながら近づいてきたのはロイドだった。興奮したように、しかしきっちりとルルーシュから5歩程度距離を取ることは忘れずに、ルルーシュの正面に立ったロイドはニコニコと笑み崩れる。
昔から全く変わることのないロイドの瞳に溢れる自分への愛情にルルーシュは苦笑しながら、両手を動かした。
『久しいな、ロイド。』
「まったくですよ~。パイロットが決まるまでは殿下に会いに行かないと決めたことを何度後悔したことか。」
大仰な仕草で涙を拭うふりをするロイドの後ろで、カレンが不思議そうに二人の遣り取りを見ている。後ろに目があるようにそのことに気が付いたロイドが両手を広げてクルリとカレンの方へと回った。
「あはっ!君がルルーシュ殿下の見習い騎士だねぇ?胡散臭い宰相から聞いているよ~。」
「う、胡散臭いって・・・。」
世界中にその名を轟かせるブリタニア帝国宰相を胡散臭いとは。
そう言われればそんな気がしてくるのが不思議なのだが、カレンが一度だけ対面したことのあるシュナイゼルは義弟のことを心から案じる思慮深い兄の顔をしていた。だから兄という存在に憧れを抱くカレンは僅かに眉を顰める。
「不敬ですよ。」
しかしカレンの強い視線など蚊に刺されたほどにも感じていないロイドは手のひらをヒラヒラと振って愉快そうに口の端を上げた。
「いいの、いいの。ホントのことだから~。たとえばぁ、僕らがまだ学生の頃一緒のエレベーターに乗ったことがあるんだ。後から乗り込んできた僕に起こった悲劇!何とドアに挟まれたんだよ~。それも明らかに人為的にぃ。何でだと思う?」
「えっと・・・。」
問いかけられたカレンが答えようとした時、ロイドが悲劇の主人公のように両手を広げてそれを遮った。
「正~解~!あのヒトが『閉』のボタンを押したんだよ~。それも白々しく、『ああ、すまないね。エレベーターのボタンを押すなんて普段することがないから間違えてしまったよ。“開”だと思って押したのだがね。』なんてあの胡散臭い笑みを浮かべて言うんだから、嫌になるよぉ。あれは僕の方が物理の成績が良かったことが気に入らなくて、わざとやったに違いないんだからぁ。」
やだやだ、腹黒宰相は。
肩を竦める白衣の研究者に漆黒の皇子は苦笑し、見習い騎士はしょうもないような小話に「はあ」と気の抜けた返事をすることしかできなかった。