もじもじ皇子と広い背中4 ~秘密の縁談~
「縁談?」
再三無視してきた実家からの呼び出しだが、母親が倒れたという知らせはさすがに無視するわけにはいかずジノは久々に生家に足を向けた。もちろん最愛の主の許可をとって、というよりも主に命じられて、だったが。
「ジノ!お前、何をしているんだ!?」
「はっ?何って、お茶の仕度ですが?先日ルルーシュ様が食べてみたいと仰っていた東方の菓子をとり寄せたのですが、お気に召しませんでしたか?」
柔らかな色合いの和菓子が芸術品のように美しく整えて載せられた皿を侍女から受け取り、皇子好みの紅茶の仕度をしている最中、いつも静かな皇子らしからぬ慌てた様子で主が部屋に入ってきて声を荒げたことに驚きながらもジノはありのままを答えた。
「いや、菓子は嬉しい。じゃなくて!お前、母君が倒れられたのだろう!?何を優雅にお茶の仕度などしているんだ。早く駆けつけて差し上げろ。」
一体誰が余計なことを皇子に告げたのだろうかと、ジノは舌打ちをしたい気分だったが、心配そうな色を大きな瞳いっぱいに浮かべた皇子を前にそんなことはできず、困ったように微笑んだ。
「大事には至らないとのことでしたので、わざわざ私が行かなくても大丈夫かと思いまして。それに、母よりも私はルルーシュ様の方が大事なので。」
皇子は一瞬照れたように目を逸らしたが、すぐにジノに真剣な視線を向けた。
「お前が俺を大事に思ってくれる気持ちは嬉しい。しかしだからといって倒れた母君を見舞わない理由にはならないと思う。それに、俺の騎士はジノしかいないと思っているが、まだ正式なものではないからな。騎士候補のお前には実家に帰る権利がある。」
「ルルーシュ様・・・。」
騎士とは常に忠誠を誓った主を最優先に考えなければならない。つまり騎士とは己の命を、人生を、無条件に主に差し出す存在なのだ。だから、親の死に目に遭えないことなど当たり前のこと。ましてや親が倒れたくらいで主の傍を離れ見舞いになどそう簡単に行けるものではない。
その点ジノは皇子もその周りもジノを騎士だと認識しているが、皇子が成人していないため公式に認められていない。ジノはそのことを気にしたことなどなかったが、公の場に出ることも多くなったルルーシュ皇子は見聞を広げ、何か考えるところがあったのだろう。
「家族は大事にするべきだ。早く行け。」
家族を大切に想う皇子らしい命令をジノは微笑んで受け止めた。
内心は人を思いやることのできる優しさを失わずに育った皇子を誇らしく思う気持ちでいっぱいだった。
そんな皇子の気遣いのもと実家に帰ってみたら、倒れたはずの母は新調したばかりの豪奢なソファーに足を組んで座っていた。どういうことだと詰め寄れば、嬉々として口を開いた。
「あなたに良い縁談があるのよ。お相手は公爵家の御令嬢。才色兼備と社交界でも名高い方で、しかも跡取り娘!これ以上条件の良い方などいらっしゃらないわ。3カ月後には婚約パーティーを開きますから、あなたもそのつもりでいなさい。」
「そのつもりでいなさいって、どういうことですか!?」
思わず声を荒げたジノに母親は細い眉を五月蠅そうに顰め、鮮やかな扇子を広げてその奥に歪む口元を隠した。
「お前はその歳にもなってまだ親心がわからないのですか?嘆かわしいこと。親不孝なところも昔から変わらないんだから。よくそんな子がルルーシュ殿下にお仕えできているわね。殿下もさぞや不満をお持ちでしょう。」
嘲るように滑らかに口を動かす母親に、ジノは目の前が真っ赤になるほどの怒りを感じたが脳裏にルルーシュ皇子の笑顔を想い浮かべ、何とか近くにあった大きな花瓶を投げつけずに済んだ。しかしそんなジノの様子を見ていた母親は不満そうに目を細めると、パシリと扇を閉じてジノの鼻先に突き出した。
「いいこと?この縁談が上手くいけばお前は次期公爵になるのよ。まさかそれがどういうことかわからないほど愚かではないでしょうね?」
「つまり私が公爵になればヴァインベルグの地位は上がり、皇族との有効な繋がりもできる。そして私を通してルルーシュ殿下を操ることができると、そう言いたいのでしょう。」
「その通り。こんなチャンスは滅多にないのですよ。あちらの方も、皇帝陛下の寵愛を独占なさっておられるルルーシュ殿下の将来の騎士であるお前に期待して下さっているのです。こんな出来そこないのお前を婿にと言って下さるなんて、本当にありがたいことです。断る理由などどこにもないわ。お前もようやく家の役に立つことができて嬉しいでしょう?」
幼い頃から事あるごとに聞かされてきた言葉。
“四男などただ飯喰らいの役立たず。欲しかったのは他家に嫁ぐ女の子であったのに。”
何度その言葉に傷ついたかわからない。
己の存在を認めて欲しくて、あらゆる努力を尽くしたが優秀な兄達を超えることはできず、その度これだから四男は、と嗤われるのが痛かった。
しかし辛くて、悲しくて、どうしようもない時にジノは彼の命を捧げたいと思える主と偶然出逢った。まだ小さな主のもみじのような手が自分の手を強く握ってくれたことあの日のことを何があっても一生忘れることはないだろうと思っている。
あの時の柔らかなプクプクとした小さな手の感触を思い出すと、ジノは自分でも驚くほど冷静な心で理解し合えない哀しい母親と対峙した。
「母上、私はもうあなた方の機嫌をとって怯えていた子どもではありません。もう家のために生きるのはやめたのです。」
揺るがない視線で真っ直ぐにジノは母親の己のものとよく似た薄水色の瞳を見つめた。
ジノの言葉に大きく目を開くと、わなわなと震えて母親は叫んだ。
「な、何を言い出すのですか!?誰が今までお前を育ててきてやったと思っているの!?この恩知らずの親不幸者!!」
「いくら罵って下さっても構いません。あなたの言葉に傷つくことも、もうないのですから。私は神聖ブリタニア帝国第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下の誇り高き騎士。私の命はルルーシュ様のもの。生憎とあなた方に私の人生を捧げることはできないのですよ。」
きっぱりと家との決別を告げたジノの顔は、しかしとても穏やかなものだった。
幼い頃はあんなにも母親から、家から捨てられることを恐れていたのに不思議なものだ。目の前の女性は確かに己をこの世に誕生させてくれた母親であることには違いないが、彼女が自分の全てだった時はいつの間にか終わっていたのだ。
ジノが守るべきものはただ一つ。この先決して揺らぐことはないその決意は、まるで旅人を導く北極星のように迷いのない強い光を心の中に生んだ。
のらりくらりとした態度を崩さない、曖昧な笑顔を向けてくる理解不能だと思っていた我が子の思わぬ強い反撃に言葉を失い茫然としている母親にジノは微笑みかけた。優しい別れの笑みを。
「私が守るべきはルルーシュ様、ただお一人。我が主、ルルーシュ様を利用しようなどと考えているあなた方とお会いするのはこれが最期です。・・・昔は生を呪いもしましたが、今は産んで下さったことに感謝しています。そのお陰で、至上の主と出逢うことができましたから。今までありがとうございました。母上も健やかにお過ごし下さい。」
では、と腰を折り貴公子の見本のような美しい礼をするとジノは毅然と扉を開け出て行った。
扉の向こうに待っていた溢れんばかりの光に包まれながらジノは生家である大きな屋敷を振りかえると、再び深く頭を下げ、もう二度と振り返ることはなかった。
このシリーズは明るく楽しくギャグっぽく!を目指していたのに、
ど う し て こうなった(゜-゜)
後半は甘々ジノルルにするしかないね!(←)