それはまるでお伽話のような
番外編　

Can You Feel The Love Tonight?
２



 

（眠れない・・・）

柔らかな羽根布団に身を沈めたルルーシュはベッドの中でその痩身をモゾリと動かした。
居心地の良い体勢を求め、何度か体の角度を変えてみたがどうにも落ち着かず、眠りの国は遠ざかるばかりである。
冴えてしまった意識を持て余し、諦めたように小さく嘆息すると、天上を見上げた。柔らかな薄絹の垂れ幕越しに透けて見えるのは華やかな天使のフレスコ画である。

今年は厳冬らしく、外は大変な寒さらしい。
「らしい」というのは、ルルーシュ自身はその寒さを味わっていないからに他ならない。
贅の凝らされた美しい部屋はこれ以上ないほどの厚いガラスが嵌められ、どんな風が吹こうともビクともしないし、プラチナが織り込まれた淡く輝く白い壁に嵌めこまれた暖炉ではオレンジ色の炎が赤々と燃え、部屋を心地良く暖めている。

パチパチと薪が楽しげに爆ぜる音を聴きながら、ルルーシュは再び重たい溜息をついた。
別に明日特別な用事があるわけではないので、今夜眠れなくとも問題ない。

しかしきっとジノは心配するだろう。
どんなに隠そうとしても、ジノはルルーシュ自身でも気付かないような体調の変化を見抜いてしまうのだ。寝不足であることはすぐに露見してしまうだろう。
もちろんジノはルルーシュを責めるようなことはしない。いつ如何なる時であってもだ。
長い眠りから目覚めて以来ずっと共にいてくれるが、ジノはいつだって全身でルルーシュのことを愛おしいと告げている。

それが、甘えるということを知らないルルーシュを酷く困惑させる。
詰られ、冷たい視線を投げつけられることには慣れているが、ジノの空色の瞳に浮かぶ優しい眼差しにはどう反応したらいいのかわからない。

決して嫌なわけではない。
ただどうしたらいいのかわからず困ってしまうだけで、むしろ嬉しい。いや、もしかしたら嬉しすぎて、それをどのように表現したらいいのかわからないのかもしれない。ジノと視線を合わせると心はふわふわとした温かなもので満たされ、鼓動は楽を奏でるように高らかに跳ねる。
だからこそ彼に心配をかけたくなくて、ルルーシュは天上で優雅に微笑む天使に別れを告げ、ぎゅっと目を瞑った。

こんなに不自由のない環境でも眠れないなんてことがあるとは思ってもみなかった。
ほんの一つ前の冬までは薄い布団の中で手足を擦り合わせて、寒さを凌ぎながら何とか眠りに就いていたというのに。

今は、職人が丁寧に作り上げ皇帝に献上した、精緻な刺繍が施された、軽やかでいて保温性に優れている温かな羽根布団に包まれている。シーツも純白の絹で織られた厚いもので、至福の眠りを運んでくると、高位の貴族でも手に入らない最高級のものである。

一体何が不満だというのか。
壊れてしまいそうな窓を叩く風の音も、忍び寄る冷気も、体の芯まで凍えてしまいそうな氷の視線さえも、もう何にも恐れるものだとないというのに。
ルルーシュは自分自身に憤った。
この半年余りで贅沢に慣れてしまったのだろうか。

そのようなことを深く考え込んでいると、結局は余計に睡魔の訪問を拒んでしまった。
目を閉じていると様々な考えが浮かんでは消え、気持ちは沈む一方である。
これでは本末転倒であると、諦めにも似た吐息を吐き出すのと同時に紫水晶の瞳を開けた時、扉が開けられるカチリという小さな音が耳に届いた。
サイドテーブルに置かれた大理石で作られた優美な曲線を描く時計は日付がとうに変わった時刻を示している。
こんな時間に一体誰が。
咄嗟に体を強張らせたルルーシュは、次の瞬間ほっと全身から力を抜いた。
暖炉の炎に仄かに照らされて明らかになったその人物の横顔は見慣れた端正なものであったからだ。