スザクとルル猫とコタツ④と被害者 後編
「ただいま・・・。」
前まではいつも玄関で出迎えてくれていた黒猫は本格的な冬になってからその小さな姿を現さなくなった。
カレン辺りが見たらまた気持ち悪いと言われそうなくらいしょぼんと肩を落として自室へ向かう。
「ルル~?ただいま。」
せめて顔だけでも見られないかと僅かな期待を込めて声を掛けると、今日は機嫌がいいのかコタツの布団がもぞもぞと動き、ひょこっと頭を出した。
「ルルーシュ~~~!!」
もうそれだけで感動してスザクは涙を流さんばかりの勢いでルルーシュを抱き上げようとするが、その寸前でふいっ顔を逸らされまたコタツに潜ってしまった。
「ルルーシュ・・・。君が足りない・・・。」
ぼそりと呟いた声が届いたのか、呆れたような鳴き声が返ってきた。
にゃ~ん。
夕食を食べ終え、再び自室に戻ってきたスザクはルルーシュの邪魔をしないように気をつけながら慎重にコタツに足を入れる。
テレビを点けながら宿題をこなしていると、肉体的な疲労というよりもルルーシュに触れられない精神的な疲れからか、いつの間にかそのままで寝てしまった。
スザクの寝息が響いて暫くすると、モゾリとコタツから出てきたルルーシュはまずスザクの手を舐める。んっと寝がえりを打つが起きる気配がないことを確かめてから、スザクの髪をいじったり、お腹をふみふみと踏んでみたりと、実に楽しそうに遊んでいた。
そして最後にスザクの頬をペロリと舐めると、素早くコタツの中へと戻っていった。
「あれ?また僕寝ちゃった?もう、コタツがあると予定外に寝ちゃうから嫌になるよ。」
コタツが嫌なわけはそれだけでないのだが、とりあえず無機物相手といえどもストレスが溜まっているスザクは文句を言わずにはいられなかった。
「ふああ。そういえば何かいい夢見てた気がするなぁ。ルルーシュが出てくる夢・・・。」
欠伸をしながらぼんやりと呟くが、肝心の黒猫はその長い尻尾の端すら見えない。
「はぁ。とりあえず寝ようかな。」
着替えをして冷えたベッドに入るが、先ほどの転寝のせいで目が覚めてしまった。
そして不意に昼間のジノの言葉を思い出し、ジノの言う通りにするのは気に入らないが実際ルルーシュが何をしているのか気になるので、まあいいいかと目を瞑る。
10分ほどしても何の音もしないので、どうせコタツの中で寝てしまったのだろうと思い不貞腐れた気分になったその時、小さな布ずれの音が聞こえた。
“ん?何するんだろう?”
うっすらと目を開けると、コタツからルルーシュが出てきてベッドの方へとやってくるのが見え、慌てて目を閉じる。
何だかドキドキしながら小さな気配を探っていると、シーツに爪が引っ掛かる音が微かに聞えた。
“ああ、また失敗しているんだ。”
猫らしくなくちょっと鈍臭いルルーシュはベッドに飛び乗るのが苦手だ。
そんな所も可愛いと思うのだが、少しでも笑いを洩らそうものなら機嫌を損ねるのは必須なのでいつも笑いを堪える。
スザクが緩む口元を必死に引き締めている間に何度もジャンプにトライしたルルーシュはようやくベッドの上に辿り着いた。
“何するんだろう?”
クシュンと小さなくしゃみをしたルルーシュはコタツから出て寒いのだろう。
“もういいよ!早くコタツに戻りなよ!”
そう言ってやりたいのだが、寝たふりがバレたら後が怖いので黙っておく。
スザクの足元から頭までをくるりと一周すると、今度はスザクの顔を覗きこんでいるようだった。目を閉じていても感じる目線に擽ったさを感じる。
すんと鼻を鳴らすと、ルルーシュはスザクの腕の中に潜りこんできた。
体温を求めるように体を擦り寄って満足したようににゃんと小さく鳴いて、そのまま動かなくなった。
“えっと、目を開けてもいいよね・・・?”
誰が答えをくれるわけでもないのだが心の中で確認して、そっと目を開けるとそこには腕の中でぐっすりと寝ているルルーシュの姿があった。
布越しに伝わる温かさがこれがスザクの幻想でないことを教えてくれていて、スザクは恐る恐る反対の手を伸ばし艶やかな毛並みを触る。
“ふああ!ルルーシュだ!!”
数週間ぶりに触る毛並みにスザクは子どものように感動して、ルルーシュを起こさないように気をつけながら小さなキスをその額に贈った。
気がつかなかっただけで、ルルーシュはきっと毎晩こうして隣で寝ていてくれていたに違いない。気位の高いルルーシュはコタツよりもスザクを選んだことを知られるのが恥ずかしかったのだろう。
“僕はまだまだだなぁ。”
目に見える行動や差し出してくれる物はとても分かりやすくて、そればかりに頼ってしまうけれど、こんな風に何も言わずに気付かれないように与えられる目に見えない愛もあるのだと思ったら、荒んでいた心に小さな花が咲いたようだった。
その花を大切に育てて、春になる頃にさりげなくルルーシュにプレゼントしよう。
それは目に見えない花だけれど、きっとルルーシュは喜んでくれるだろう。
「ふふっ。」
思わず笑い声を洩らしたスザクは気がつかなかったが、腕の中の黒猫は輝くアメジストの瞳でその優しい笑い顔を見つめていた。
朝目が覚めると、昨日のことが夢であったかのように腕の中にルルーシュの姿はなかった。
けれど、よく目を凝らしてみると白いシーツの上で主張するように一本の漆黒の毛が落ちていた。それを見つけて、ご機嫌なスザクは鼻歌を歌いながら仕度をする。
「じゃあ行ってくるね、ルルーシュ!」
コタツに声を掛けるが、返事はなかった。
しかし今日のスザクにはそれすらも気にならず、鞄をぶんぶんと振りまわしながら玄関に向かうと、そこにルルーシュの姿を見つけて鞄を落とした。
その音で振りかえったルルーシュはスザクのぽかんと口を開けた間抜けな顔を見て、ふうんと目を細めると、優雅に尻尾を揺らし部屋に戻っていってしまった。
「もしかして、いつもいてくれたのかな・・・?」
ルルーシュ不足と騒いでいた自分が急に馬鹿みたいに思えてきた。
「それで、昨日はどうだった?」
教室に着くと早速ジノが絡んできた。
「別に?いつもと変わらないよ。」
「へえ~?いつもとねぇ~。」
にやにやとしながら頬を突いてくるジノの手を掴み、にっこりと笑う。
「ところでジノ。君にちょっと聞きたいことがあるんだけど?もしかして君僕の知らない間にルルーシュの可愛い寝顔を見たことがあるのかな・・・?」
校内に盛大な悲鳴が響きわたり、その後つやつやとした顔色のスザクが金髪の三つ編みを三本掴みながら大きな体を引きずっている姿が見られたという。
触らぬスザクに祟りなし。
ルルーシュ絡みでスザクに近づくのはもうやめようと、三つ編みを撫でながらジノは心に誓った。
にゃあん(馬鹿どもが)