ルルーシュと会えない、スザクにとっては地獄のような5日間が過ぎた。
なんとも言えない喪失感と苛立ちと悲しみを紛らわすようにスザクは部活に熱を入れ、必死にルルーシュが居ないことを誤魔化そうとした。
しかし何をしていても結局は朝も昼も夜もルルーシュのことを想ってしまうのでスザクはすっかり疲れ果て、労働基準法を無視して働かされるローン35年を抱えたサラリーマンのようにやつれていった。
「スザク、あんたまたルルーシュと何かあったの?」
ルルーシュの写真を見ながら鼻水を啜っているスザクを見かねて、カレンが声をかけた。
「・・・もし同棲までしていた好きな子に突然理由もなく振られたら、どうする・・・?」
「はっ?」
どんよりと黒い雲を背中に背負っているように見えるスザクに引きながら、カレンは突然何だと眉を顰めた。
「先週ルルーシュが喜ぶと思ってジノの家に連れていってあげたんだ。そしたら、すっかりジノの家に居着いちゃって、僕のことなんかまるで無視するんだよ。酷いと思わない?もう僕のもとには帰りたくないってことなのかな・・・。」
自分の発言に自分で傷つくという器用なことをしているスザクの話を聞いていたカレンは呆れたようにため息を吐いた。
「あんたって本当に自分のことが好きなのね。」
「どういう意味?」
こんな酷い話を聞いたら、いくらカレンと言えども慰めてくれるだろうと思っていたスザクは思いがけない言葉にムっとした。
「だってあんたの言い分を聞いてると、問題の本質は見ようとしていないんだもの。あんたが今見てるのは可哀想な自分だけ。そうでしょ?」
「そ、そんなことないよ!それに、そもそもルルーシュのためを思って連れていってあげたんだよ。僕はいつだってルルーシュのことを考えて・・・」
「だから、それも止めなさいよ。何々してあげたとか、やってあげたとか、みっともない。それはルルーシュの喜ぶ姿が見たいっていうあんたのエゴでしょ。それなのにいい反応をしてもらえなかったって拗ねるなんて、本当に男らしくないっ!何かやってあげてるんだから感謝されて当たり前とでも思ってんの!?はああ、イライラする!」
言うだけでは足りなかったのだろう、カレンはバンと机を叩いた。
頑丈な机を破壊せんばかりのその勢いにスザクは思わず身をのけ反らせた。
「とにかく!スザクはもう少し自分のことだけじゃなくて、ルルーシュのことを考えるべきね。それに私はルルーシュのことをそんなに知っているわけじゃないけど、知能の高いブリタニア種なんだから、あんたを無視するのには絶対に何か理由があるはずよ。ルルーシュときちんと向き合いなさい。」
息もつかずに一気にそれだけ言い終えると、フンと鼻息も荒くカレンは去っていった。
残されたスザクは鈍い頭をフル回転にしてカレンの言葉を反芻していた。
しかし元より頭で考えるのは苦手なスザクはしばらく考えた後、ああああと叫んで机にゴオンと頭をぶつけ、周りにいたクラスメートが一様にその奇行にビクリと肩を揺らして一歩後退したのだった。
「というわけで今日ルルーシュに会いに行くから。」
「・・・どいういうわけなのかまた私にはさっぱりだが、いいぞ。」
いくら考えてもわからない、ならば会ってしまえと腹を括ったスザクはジノに詰め寄った。
そしてその日の放課後ジノの家を訪れたスザクは、5日ぶりに会うルルーシュの姿を見て悲鳴を上げた。
「ルルーシュ!!どうしてそんなに痩せちゃったの!?」
仲良く遊んでいるユフィ、ナナリー、ロロを見守るように三匹の後ろに座っているルルーシュは、スザクの記憶よりも一回り程小さくなっていた。
「ルルーシュ、ルルーシュ!!」
急いで駆け寄るスザクに気がついたユフィが嬉しそうにスザクに飛びついたが、それどころではないスザクはごめんね、と一言ユフィに告げただけでその身体を撫でることもせず、ルルーシュの元へと一直線に向かった。
ルルーシュはスザクから逃げようとしたが、それよりも早くスザクは小さな黒猫を抱き上げた。ルルーシュは少し暴れたが、すぐに疲れたように抵抗を止め、ぐったりとスザクの腕に小さな顔をのせた。そんなルルーシュの頭をスザクは悲しげに優しく撫でた。
「こんなに痩せちゃって。」
腕に感じる重みが前よりも軽くなっていることにスザクは思わず涙が零れそうになった。
自分が何をしてしまったのかまだわからないけれど、ルルーシュの軽さが、彼の受けた傷の深さを表わしているように感じたからだ。言葉を喋れないルルーシュが発した精一杯のSOS。
「ジノ!!どうしてこんなになるまで放っておいたの!?」
悲しそうににゃ~にゃ~鳴くユフィを慰めるようにおやつをあげていたジノに思わず怒鳴ったが、ジノはきょとんと目を見開いた。
「えっ?そんなになるまでって?」
「わからないの?ルルーシュ凄く痩せたじゃないか!!」
「そうか?私にはあまり変わらないように見えるけど。」
その答えにスザクの方が驚いた。
「気付かないの?」
「ルルーシュの食事はちゃんと与えていたし、皿には何も残っていなかったぞ。」
「そういうことじゃなくて!」
更に続けようとしたスザクを止めたのは、ルルーシュだった。
弱くスザクの指を噛んで、もういいと言いたげな視線をスザクに向けた。
その澄んだ紫色の瞳をじっと覗きこんだスザクははっとした。
そうだ、ジノはルルーシュを大切に想ってくれてはいるけど、家族じゃないんだ。
だから体重の変化にも簡単には気付けなくて当たり前なんだ。
例え一時でも寂しがり屋で可愛い、唯一の存在の手を離したことをスザクは後悔した。
それと同時に微かに喜びにも似た、完全にそうだと言ってしまうには仄暗い感情が湧きあがる。
自分がいないとご飯もまともに食べられなくなってしまうということは、自分はよほど愛されているということだと思えたからだ。
しかしわかっているつもりなのに、どうしてもこのような目に見える形で愛情を示してもらわないと、それを理解できない自分は・・・
「やっぱり馬鹿だ。」
「はっ?」
ボソリと呟いたスザクに首を傾げたジノに、スザクは吹っ切れたように笑った。
「こっちの話。ジノはユフィたちの面倒見ててよ。僕は少しルルーシュと話すから。」
「まあ、それがいいな。今日は親もいないし、ゆっくりどうぞ。」
心配そうにルルーシュを見上げているロロ達を連れて、ジノは部屋を出て行った。
静かになった部屋の真ん中で、スザクは改めて腕の中のルルーシュを見つめた。
「ルルーシュ、ごめんね。僕鈍いから、気付かないうちにルルーシュの気に障ることしちゃったんだよね。ごめんね。でもルルーシュがいないと凄く寂しいよ。ルルーシュがいないと僕はまともな生活が送れないんだ。帰ってきてくれないかな?」
ルルーシュはスザクをチラリと見た後、納得していないと言いたそうな声でミ~と小さく鳴いた。
まだ言葉が足りないと感じたスザクは賢い黒猫に向けて穏やかな視線を送った。
「誰よりもルルーシュが大切だよ。僕のたった一人の家族なんだ。誰にも代わりなんて出来ない。ルルーシュの代わりにユフィを撫でてみてね、改めて思ったんだ。ユフィもルルーシュと同じように綺麗な子だけど、だけど何か物足りないんだ。気まぐれで、気位が高くて、気難しい、だけど優しい僕の大好きなルルーシュ。お願いだから僕のために帰ってきてくれないかな?君の好きなご飯を作るからさ。」
“スザクはもう少し自分のことだけじゃなくて、ルルーシュのことを考えるべきね。”
“ルルーシュときちんと向き合いなさい。”
ふとカレンの言葉が脳裏に蘇る。
ニコリと笑ったスザクの腕にルルーシュは思い切り爪を立てたが、スザクは痛みを堪えて笑ってルルーシュの額にキスをした。
こんな傷よりもきっとルルーシュの心の方がよほど痛かったに違いない。
「大好きだよ。素直じゃない君も、爪を立てる君も、何だかんだ言っても可愛くて仕方ないんだ。僕は君に骨抜きにされちゃったみたいだ。」
ルルーシュの喉を手のひらで優しく撫でると、思わずといったようにルルーシュは気持ち良さそうな声を洩らした。そのことを気まずく思ったのかルルーシュは固まってしまったが、しばらくすると身を起し、スザクの頬をピンク色の小さな舌でぺロリと舐めた。それは本当に一瞬のことで、ルルーシュはすぐに慌てて恥ずかしそうに小さな体を更に小さく丸めた。
しかし隠しきれない気持ちを表すようにゆらゆらと上機嫌に揺れる長い尻尾は、スザクを離すまいとスザクの腕にくるりんと巻きついた。
その仕草の異常な可愛らしさにスザクは久々に鼻の粘膜が刺激され、ついでに涙腺も激しく刺激された。
鼻血と涙を垂らしてルルーシュをぎゅうっと抱きしめる、スザクの容姿でなければかなり危ない、友人の様子を扉越しに見たジノは喉の奥で笑った。
「やっぱりあの二人はこうでなくちゃな。」
スザクの腕の中でニャアンと鳴いたルルーシュのアメジストの瞳が潤んでいたのは、誰も知らない秘密だ。
誰かを愛するためにはもっと努力が必要!
<あとがき>
2月22日の猫の日から始まったこのお話がこんな方向に進むとは一体誰が想像できたでしょうか^^;
スランプを挟んで、長い間かかってしまいましたw
もし待っていて下さった方がいらっしゃいましたら、申し訳ありませんでした。
と同時に待っていて下さってありがとうございました。
ルル猫であんまりシリアスにするのはどうかと思い、結構お話を省いてサクサク進めてみましたが、スザクと会えない5日間、ルル猫は色々と辛かったみたいですね。
酷い管理人でごめんにゃ。
ルル猫はご飯を全部ロロに頼んで自分の分を食べてもらっていましたw
ロロはルルの絶対的な味方なので、頑張って食べてくれましたw
後日談は次のお花見編で書こうと思います。
3と4は珍しく無音で書いたのですが、書き終わってから、槇/原/敬/之の「どうしようもない/僕に/天使/が降っ/てきた」っぽいなと思い、少しだけ加筆しましたw
愛を持続させるには相手を想う気持ちが必要よね!ということでv
では、長くお付き合い頂きありがとうございました。
次のお話でもお会いできたら嬉しいです^_^