スザクとルル猫 鬼のかく乱編
「おい、スザク。本当に大丈夫か?」
気遣うように眉を寄せて言われた言葉にスザクは大げさだと笑う。
「大丈夫だよ。微熱だから、ただの風邪の引き始めじゃない?これくらいどうってことないよ。ジノって意外と心配性だなぁ。」
「いや、だってスザクだぞ?まさかスザクが普通の人間みたいに風邪をひくなんて今まで想像もしたことなかったから、なんか心配になったのさ。」
こういうのを鬼のカクランっていうんだっけ、とまたいらないことを呟いたジノにスザクは器用に笑顔の種類を変えた。
「そうかな?そういうジノも夜道は背後に気をつけたほうがいいよ。世の中何が起こるかわからないからね。」
キリキリと三つ編みをひっぱるスザクの近距離で覗く黒い笑みに、ひいっと心の中で悲鳴を上げたジノだった。
学校にいる間は気が紛れていてそれほど体調の悪さを感じなかったが、いざ一人になると内側から黒い靄に取り付かれていくかのように体全体が重たくなっていくのを感じ始めた。
「・・・ただいま、ルルーシュ。」
桃の花が美しく咲き始めた頃から以前のようにスザクの帰りを玄関で待ってくれるようになったルルーシュの小さな姿が扉を開けて一番に目に入ってきたので、スザクは安心したようにほっと息を吐いた。
いつもはスザクの顔を見るとルルーシュはそのままふっと部屋へと戻ってしまうのに、今日はスザクの顔をじっと見つめている。
そしてにゃんと鳴くと、スザクの足にそのしなやかな身体を擦り付け艶やかな尻尾を右足に巻きつけた。
「もしかして心配してくれてるの?」
目線をなるべく合わせるようにしゃがみ込んで問えば、馬鹿を言うなと言いたげに差し出した手を噛まれたが、それは普段よりもずっと弱く、舐めているようものだった。
「ふふっ、ありがとう。でも大丈夫。寝ればすぐに治るから。」
普段であればすぐにルルーシュを宝物のように抱き上げキスをするスザクだが、身体を覆う倦怠感に負けて、ごめんねと力なく笑い部屋へと直行した。
フラフラと歩くスザクの後ろをルルーシュはテテテっと着いていった。
使用人は夕食を支度するまでが仕事なので、夕方になると家にはスザクとルルーシュだけになる。リヴィングに用意されている冷めた夕食を食べる気にならず、スザクは自室のベッドに倒れ込んで目蓋を閉じてしまった。
「あ~、ちょっと辛いかも・・・。」
意識を失うように眠ってしまってから数時間後、目を開けると視界がグルグルと回っている。身体は相変わらず泥を吸ったように重たく、指先すら動かすのが億劫だ。
滅多に風邪などひかないが、スザクも人の子。今までに何回か体調を崩したことだってある。今までどうやって乗り越えてきただろうかと回らない頭でぼんやりと考えていると、にゃうっと控え目な声が聞こえてきた。
「ルルーシュ・・・?」
なるべく頭を動かさないように目線を動かすと、顔のすぐ横にルルーシュがちょこんと座っていた。純紫の瞳が心配そうにスザクを見つめている。その真っすぐな視線にスザクは急に照れくさくなった。
「すぐ治すからね。」
忙しくていつも家にいなかった両親は、スザクが風邪をひいた時ですら家にまともに帰ってくることはなかった。使用人は給料の分だけ働くだけであって、態度は常に義務的だ。
だからこんな風に心から自分を案じてくれる瞳を家で感じることなどなかった。
「ルルーシュがいてくれるから早く治りそう。」
人差し指でルルーシュの喉を撫でながら呟くと、甘く指を舐められた。
手を離すと、ルルーシュが寝ているスザクの胸の上に乗ってきた。小柄なブリタニア種の中でも特に華奢なルルーシュだから、あまり重さは感じない。
けれど胸から伝わってくるその命のぬくもりは、何よりもスザクの薬になった。
「本当に君に出逢えてよかった・・・。」
この小さな命がどれだけ大きな支えとなっていてくれているか。
ふああと欠伸をしたルルーシュと目が合うと、思わず一粒の涙が零れた。
その涙を不思議そうにきょとんと見たルルーシュは、ずりずりとスザクのお腹の上をほふく前進するように移動すると、スザクの頬をぺろりと舐め、涙の滴を舐めとった。
そしてにゃと鳴くと、そのまま目を瞑って寝てしまった。
込み上げてくる言葉にならない愛おしさに大きく息を吸うと、スザクもルルーシュにつられるように夢の世界へと入っていった。
翌日。
「おっはよ~!!スザク!安心してくれ!このジノ様が参上したからにはもう何も心配はいらない!」
玄関のインターフォンに向けて大声で騒いでいるジノをモニター越しに見たスザクは治まったはずの頭痛を再び感じた。
間に合っていますと言いたいとこだが、そうもいかないだろう。
ジノの性格を考えると、玄関が開くまで外で大騒ぎするに違いない。下手したら救急車でも呼ばれかねない。
無言で解除キーを押すと、昨日の不調が嘘のように軽快にスザクは玄関へと向かって行った。その元気な後ろ姿を大きな紫色の瞳で確認したルルーシュは、どこかほっとしたように猫らしからぬ吐息を吐くと、お気に入りのクッションの上で丸くなった。
耳を済ませれば、ジノとスザクが馬鹿馬鹿しい言い合いをしているのが聞こえてくる。
それでも何だかんだ言いつつもスザクはジノを家に招き入れるだろうし、ジノもスザクの面倒をきちんと看てくれるだろう。
全く人間とはかくも弱く、馬鹿らしく、そして愛おしい生き物だと、うっすらと開けた紫色の瞳にじゃれ合っているジノとスザクの姿を映したルルーシュは、フンと息を吐いて目を細めた。