そう、たとえば。
どこのありふれた家庭でも、やんちゃな弟を窘めたり叱ったりするのは兄の役目であるだろう。
もちろん私も例外ではない。
ただそれが世界の三分の一を占めるブリタニア帝国宰相である兄と世界を揺るがす世紀のテロリストな弟という、少しばかり通常とは違うスケールでそれぞれの立場を持っていたが故、窘め方も普通とは違った、ただそれだけのはずだった。
どうして不測の事態が起きたかと言えば、その原因は黒の騎士団の愚かさを私が理解しきれていなかった、その一言に尽きるだろう。
君は哂うかい?計算を間違えた愚かな兄を。
・・・・ルルーシュ。
「カノン。」
「はい。何でしょう、殿下。」
「エリア11がそんなに欲しければくれてやったっていいじゃないか。」
「・・・殿下?」
「あんなに愚かな民族、世界には必要ないと思わないかい?」
手袋を外したシュナイゼルが撫でるのは艶やかであった黒髪。今は血がべったりと張り付き、乾いた所は固まってバサバサになっている。
シュナイゼルは髪を撫でる手を止めると、真っ赤に染まった指先を持ち上げて光に透かし、無感動な瞳でその血を見つめる。
「フレイヤはあと幾つ残っていたかな?」
「そうですわね、・・・エリア11を焦土と化すくらいには。」
「ははっ、さすがはカノンだね。誰もが君くらいの賢さを持ってくれていたら、私の弟は今頃拗ねた顔でも見せてくれただろうに。」
ルルーシュ。
久しぶりの再会を祝って抱擁するような感動的な場面など想像していなかったけれど、それ以上に冷たい君に対面することになるとは思ってもみなかったよ。
世界の明日は
ゼロの引き渡し要求に応えた黒の騎士団に、シュナイゼルは計算通りだとクスリと口元を歪めた。
「あら、殿下。悪いお顔。」
「人聞きが悪いことを言わないでくれないか。これは喜んでいる顔さ。」
「まあ、それが本当だとしたらルルーシュ殿下はこれから大変ですわね。」
「どうしてだい?」
「ほらそうやって分かり切った答えをわざとお聞きになるような所などね。最愛の弟君への愛情の方向性が心配ですわ。」
主の腹黒さを十二分に理解した上でシラっと答えるカノンも相当なものだ。
似た者主従とはよく言ったもの。
「さあ、少しやんちゃが過ぎた可愛い弟を迎えに行こうか。」
「でも引き渡されたからと言って、ルルーシュ殿下がこちらに素直に来て下さるでしょうか?それに保護した後に自害など図られるんじゃないでしょうか?」
ふと抱いた疑問を主に問えば、見たこともないような柔らかな微笑みが返ってきた。
「あの子が素直に従うような子であれば、テロリストなどやっていないだろう。しかし今はナナリーを失ったと思い、茫然自失としているだろうからね。頃合いとしてはベストなんじゃないかな。それに予測できる状況は46通り。予想できるということは幾らでも回避できるということだ。」
「そうですわね。いざとなればナナリー皇女殿下という切り札もありますしね。」
こちら側に引き入れてしまえば、いくらでもルルーシュを懐柔する策はある。
彼が欲しいというのであれば世界さえもリボンをかけてプレゼントしてあげよう。
彼が己の傍にいてくれるのであれば、共に反逆することだって厭わない。むしろそれも面白そうではないか。
こんなにも胸が逸ること、今まで知らなかったとシュナイゼルは再び笑うと団員を待たせてある広間へと足を踏み出した。
そして。
「これがゼロだ。約束通り日本は返してもらう。」
そう言ってドサリと荷物のように投げ渡されたのは、汚れた麻の遺体袋。
床にじんわりと広がっていくのは、どす黒い液体。
「どういうこと?」
カノンの声は微かに震えていた。
「どういうことも何も。そちらが望んだことだろう。」
黒の騎士団メンバーの顔に浮かぶ苦々しい表情は一体何を表しているのか。
裏切られた怒りか。
かつての指導者を売ることに対する割り切れなさか。
「何ていうことを・・・!!」
主の心中を思い遣ると恐ろしく、カノンの顔は蒼褪める。
しかし思わず声を荒げたカノンを制したのは、他でもないシュナイゼルだった。
「そうだね。最愛の弟を引き渡して欲しいとは言ったけれど、『生きて』と条件を付けなかったからね。」
シュナイゼルは室内の豪華な調度品がよく似合う優雅な笑みを浮かべ、いつもと何ら変わることのない柔らかな口調で、こちらのミスかなと更に微笑んだ。
それは輝くように美しい、選ばれた者しか被れない仮面だったが、賢い者であればすぐに気がついただろう。そのぞっとするような冷たさに。
騎士団が出て行った静かな部屋に微かに漂うのは錆びたような血の匂い。
コツリと投げ出された遺体袋に近づいたシュナイゼルは白い手袋が汚れるのも構わず、固く縛られた袋の口を開ける。
ゆっくりと袋を下に下げていくと、最初に見えたのは黒い頭部。額も打ち抜かれたのだろう、脳漿が流れ出ている。
そして次に現れたのは僅かに開いたままになっている紫色の瞳だった。
「ルルーシュ・・・。」
長い睫毛に囲まれた、もう何も映すことのない美しい瞳は虚ろに宙を見つめている。
もう二度とシュナイゼルを見ることはない、その宝石のようだった瞳。仮面越しに対面したことはあるが、直接瞳を見たのはもう昔のこと。それでも記憶に深く残っているその深い色をした印象的な紫は、今はただのガラス玉のようになってしまっている。
額から流れてきた一筋の血が涙の跡のように乾いて残っており、まるでルルーシュが血の涙を流しているかのようだ。
「君が見ていた世界を、私にも教えて欲しかったのだけれど。」
それは叶わなくなってしまったね。
手袋を脱ぎ捨てた長い指が触れるのはまだ柔らかさの残る唇。口元から零れ落ちたであろう血が固まっており、彼の最期の壮絶さを物語っている。
「殿下、もうそれ以上は・・・。」
主をそっと一歩下がった所から見守っていたカノンが思わず制止の声をかけた。
シュナイゼルは遺体袋を更に下げて、ルルーシュの体全体を見ようとしていたのだ。見なくとも察するに余る状態であるのだから、わざわざ酷なことをしなくてもと言葉を発したのだが、シュナイゼルは無言のまま慎重な手つきで進めていく。
次第に露わになる華奢な体は正視に耐えない有り様だった。
一体何人の人間が彼に銃を向けたのだろうか。
銃弾の雨を浴びた体は、まさしくボロキレのようになっていた。
変わり果てた弟の髪を兄はそっと撫でる。
日向で昼寝をしている幼い子どもにそうするような優しい手つきで、愛しむように慈しむように、そっと、そっと。
シュナイゼルは何も言わない。
騎士団の愚かさも、自身への後悔も、恨み事も、何も発しない。
ただ静かに時間だけが流れていく室内は、騒がしい世間など別世界から切り離されたかのよう。
それがあまりにも異様で、カノンは制服の下で鳥肌を立てた。
これから何かが起こる、その予感、正しくは悪寒を肌で感じ身震いをすることしかできなかった。
そうして冒頭に戻る。
「カノン。」
「はい。何でしょう、殿下。」
「エリア11がそんなに欲しければくれてやったっていいじゃないか。」
「・・・殿下?」
「あんなに愚かな民族、世界には必要ないと思わないかい?フレイヤはあと幾つ残っていたかな?」
「そうですわね、・・・エリア11を焦土と化すくらいには。」
「ははっ、さすがはカノンだね。誰もが君くらいの賢さを持ってくれていたら、私の弟は今頃拗ねた顔でも見せてくれただろうに。」
誰もがうっとりと見惚れてしまうような美しい笑顔を浮かべるシュナイゼルは、この時既に壊れてしまっていたのだろう。
「ルルーシュ殿下を眠らせて差し上げないのですか?」
瞳を開いたまま鼓動を止めた遺体は、ただただ痛々しい。
瞼を閉じてやらないのかと問えば、いっそ朗らかな微笑みが返ってきた。
「必要あるかい?これはきっとこの子の最期の願いだよ。この世界の行く末を見ていたいというね。この子が飽きることがないように、楽しい世界を見せてあげようじゃないか。」
シュナイゼルが意図する『楽しい』世界とは・・・。
「これも一つの選択だよ、彼らが選んだね。さあ、行こうか。」
楽しい、楽しい世界のために。
「はい、殿下。」
ゾクリと身を震わせたカノンも主に良く似た笑みを浮かべ、頷く。行く先などどうでもいいことだ。この主に付き従うと決めた時から、魂などとっくに売り払っているのだから。
「この子も連れていこう。ロイドを呼べ。」
「イエス・ユア・ハイネス」
「可愛い可愛い私のルルーシュ。共に世界を壊そう」
そうして虚ろな紫に映し出される世界の明日は。
THE END
初のシュナルルです。
難しい兄上。
兄上は泣き叫んだり、取り乱したりしなさそう。
逆にいつもより優雅に笑っていそうで、それがより怖さが増しそうです(;一_一)
この後ルルーシュは綺麗に保存されるのではないでしょうかね。
クローンもありかなとも思ったのですが、AGO兄上の考えることはよくわかりません!
シュナルルマスター様を心から尊敬したともきでしたOrz