天界を支配している神の一族、それがブリタニア皇家でした。
皇歴2010年、本国ブリタニアからエリア11に新しい総督がやってきました。
その新しい総督の名前は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
星々を統べる巫女が、満月の光の下生み出したその美しい名前の持ち主は、夜空の色を写し取ったようなビロードの黒髪に、不思議の光を放つ水晶窟の一等素晴らしい水晶よりも透き通り硬質に輝く紫水晶を両の瞳に持つ大層美しい10歳の少年です。
永遠の時を生きる神々からしたら、瞬きをする一瞬のように短い時間しか生きていない子どもが一エリアを支配する地位に就くことなど前例のないことでしたが、彼が持っている能力は他の年長者の追随も許さないほど貴重なものだったので、異論が出ることはありませんでした。
「それにしても、困りましたな。」
バトレー将軍が額の汗を拭いながら、心底困ったように言いました。
「そうですな。一体いつになったら雨が止むのかと、人間たちからも嘆願の声も聞こえてきた。そろそろどうにかしなければ、自然界にも影響が出てくるな。」
厳つい顔をした隻眼の騎士、ビスマルクも顎に手をやりながら眉根を寄せました。
この二人は、まだたった十の我が子を心配したブリタニア皇帝が溺愛するルルーシュ皇子の補佐として選ばれたそれぞれに優秀な者たちです。
そんな二人が額を突き合せ、難しい顔をしているにはわけがありました。
「とにかくルルーシュ殿下に泣きやんで頂かないことにはどうにもなりませんな。何しろ天候を支配できるのはあのお方だけですから。」
そうなのです。
ルルーシュ皇子は天を気の向くままに操ることができる能力を持っているのでした。
しかし幼い皇子はまだその強大な力を使いこなせる程にはなっていませんでした。そのため皇子が意図しない所で雨が降ったり、雷が落ちたりしてしまうのでした。
皇子が総督として就いた当初は、まだ幼いのだから仕方がない、むしろ愛嬌があっていいじゃないかと好意的に受け入れられていたのですが、次第に雨が降る日が多くなっていき、人間時間で言うここ2週間ほど雨が降り続けているので、皆困り始めていました。
雨が降るということは、皇子が泣いている証拠なのですが、泣きやませそうにも気位の高い皇子は人前では決して泣かないので、バトレー達は涙を拭うことすらできません。
「全くどうしたらいいのか。」
天界も下界も霧の中にいるような錯覚さえ覚えてしまうようなけぶるような霧雨に全てを包み込まれて、どこもかしこもひっそりと静まり返っていました。
まるでそれはルルーシュ皇子の心の中を覗いているようでした。
「一体何がお気に召さないのか。」
直接皇子にそう問いかけても、何も不満なことなどない、私は泣いてなどいないと、春の花びらのように可憐な口をへの字の曲げてしまうのでした。
もう幾星霜の時を生きているバトレーやビスマルクにとって、この僅か10歳の子どもは全く未知の生き物で、その心のうちを図ることなど不可能でした。
だから日々こうして顔を合わせてはため息を積み重ねているのでした。
しかし今日も皇子を泣きやませる手立ては思いつかず、重たい息をポタリと落ちる滴に混ぜるのでした。
それからまた人間時間で言う2週間が過ぎました。
その頃になると、もう皇子自身もどうしたらいいのかわからずに一人落ち込んでいました。
しかしその悲しい気持ちがまた更に雨を生んでしまうという悪循環に、周りも一生懸命皇子を慰めましたが、皇子はすっかり自己嫌悪に陥ってしまいました。
「もう一体どうしたら良いのか。」
誰もがそう思っていたその時、気まぐれな風の一族の青年がエリア11を訪れました。
天界でも地位が高い一族の青年、ジノ・ヴァインベルグは招かれた宮殿のバルコニーの縁に座ってシトシトと降り続ける雨に身を任せていました。
灰色の空を仰ぎながら、目を閉じて全身で雨を感じていると、ぱしゃりと小さく水を弾く音が聞こえました。
「こんな雨が降っているのに、外にわざわざ出るなんて意味がわからない。雨に濡れて何かいいことでもあるのか?」
銀の鈴を震わせたようなひんやりとした玲瓏な声に、ジノは目を瞑ったまま答えました。
「そうですね、どうして雨が降るのか、わかるかもしれないですね。」
「・・・馬鹿が。そんなことでわかるはずがない。万物の知を知る森の賢者もわからなかったことが、ただの風のお前にわかるはずがない。」
ジノを見下すように言っているのに、わかるはずがないと繰り返す声に今にも泣き出しそうな気持が含まれていました。
「わかりますよ。」
ジノがきっぱりと宣言するように言い放つと、遠くの空で大きな雷が落ちました。
オーケストラの演奏の途中でシンバルが間違って床に落ちてしまったような悲鳴のような雷の音でした。
癇癪のようなそれにジノは笑って目を開けました。
晴れ渡る夏の空のような色の瞳で後ろにいる人物を見つめました。
濡れないように窓の枠を掴みながら立っていたのは、この地を統べる小さな総督、ルルーシュ皇子でした。
「わかりますよ。」
もう一度そう言葉にすると、ルルーシュ皇子は怒ったように眉を吊り上げました。
「じゃあ言ってみろ!!この雨の原因は何だ!!僕が泣いているからとでも言うのだろう!僕の責任なんだ!でもどうしても涙が止まらないんだから仕方ないだろう!!」
今までの鬱憤が爆発したようにそう叫んだルルーシュ皇子の目にはうっすらと膜が張っていました。
皇子も悔しかったのです。自分で自分の感情も能力もコントロールすることができなくて。
皆が困っている姿を見て聡明な皇子が楽しい気分であるはずがありませんでした。でも何とかしたいと思っても、夜一人で横になるとどうしても涙が出てきてしまうのでした。
「わかりますよ。」
優しい祈りのように静かに降る雨にそっと言葉を溶かし、ジノは大きな水たまりを気にする素振りもなく皇子の目の前に膝を着きました。
そして皇子の白い手をとって、その冷たい甲に春の風のような口づけを一つ落としました。
吃驚したあまり声も出ない皇子の紫水晶の瞳を柔らかく見つめたまま、ジノは笑って皇子の手を軽く引っ張って己の広い胸に抱き寄せました。
「雨が止まないのは、皇子の心が淋しいと言っているからですよ。」
ばたばたと手足を動かして抵抗していたルルーシュ皇子はその言葉にピタリと動きを止めました。
「そんな・・・ことはない。」
小さく否定しましたが、その声には力がありませんでした。
天候が不安定なエリアだから、どうかいらして下さいとお願いをされ、大好きな家族と離れてこの地にやってきた皇子は、皇族たる者弱い姿を見せてはならぬと凛とした態度を取っていましたが、本当は淋しかったのです。
でもその淋しさを認めてしまったら、自分がとても弱い存在なのだとも認めてしまうようで、できませんでした。
それなのに、ジノはあっさりと言うのです。
「淋しい時に淋しいと言って何が悪いんですか。」
今までそんなことを言ってくれる人はいなかったので、皇子は驚きました。
しかしそれは仕方のないことでした。周りは長生きをしている大人ばかりで、子どもの頃の淋しい気持ちなどすっかり忘れてしまっていたのですから。
「言わなきゃ伝わらないですよ。気づいてくれるだろうだなんて期待して待っているだけじゃダメなんです。自分で言わなくちゃ。そのために言葉があるんですから。心のうちは自分のだけのもの、でもそれを誰か、大切な人と共有するために、言葉があるんです。」
難しい哲学のお話を聞いているようにじっと耳を澄ませながら賢い瞳を輝かせていたルルーシュ皇子は、静かな雨音にさえも負けてしまいそうに微かに呟きました。
「・・・さみし・・い。少しだけ・・・。」
ぎゅっと己のシャツを掴んだ小さな背中を胸いっぱいに抱きしめて、ジノは梢を揺らす風のように微笑みました。
「じゃあ皇子が淋しくなくなるまで、こうしていましょう。」
びしょびしょに貼りつくシャツは冷たかったですが、ルルーシュ皇子がそっと身体を寄せるとお互いの体温が混じって、とても熱く感じました。
どのくらいそうしていたでしょうか。
ふとジノが上を見上げると、広い空は灰色の雲を押遣って己の瞳とそっくりな色を取り戻していました。
天から降り注ぐ淡い黄金色の光の柱は、皇子が感じたジノのぬくもりのようでした。
ジノは皇子の肩を軽く叩き、空を指差しました。
ジノの指先を追って空を見上げた皇子は大きく目を開いて、それからにっこりと花が咲いたように晴れやかに笑いました。ジノも皇子のその夏の海のように輝く笑顔に応えるように、軽やかな笑い声を爽やかな風に乗せました。
もう雨が降り続けることはないことでしょう。
fin
ジノルルはなぜかこういう感じになってしまいます(゜_゜)
他のパターンが思いつかない罠w
でも書けて満足です^^;