「むかしむかしあるところに、とっても美しい皇子様とそんな皇子様に恋に落ちた兵士がいました。」
一通りルルーシュが落ち着くと、出された紅茶を飲みながらスザクはおもむろに口を開いた。
「皇子なのに美しいのか?皇女じゃなくて?」
生真面目に問いかけてくる澄んだ瞳に苦笑する。
「そこはつっこむ所じゃないんだけどな。まあいいか。うん、皇女じゃなくて美しい皇子で合ってるんだ。」
「そうなのか。変わった昔話だな。」
「そうだね、少し変わっているかもしれない。・・・ある日兵士の主の皇女様が兄である皇子様とお忍びでお出かけをしたいと言いました。兵士は二人の喜ぶ顔が見たくて快く承諾しました。そして三人は楽しい時間を過ごしました。」
「ちょっと待て。兵士の主?兵士はその皇女の騎士だったのか?」
「そうだよ。」
「それなのに皇子に恋をしていたのか?」
「そう。」
スザクが首肯すると、ルルーシュは呆れたように黒髪を横に揺らした。
「仕様のない騎士だな。一般人を好きになるならまだしも主以外の皇族を愛してしまうなんて。」
「まったくだね。騎士は驕っていたんだ、自分は二人とも守れるって。もしくは全てを手に入れたつもりで浮かれていたのかもしれないね。」
「ふ~ん。」
納得したような、していないような曖昧な返事が返ってきた。
「どちらかを選ばなきゃいけない時が来るなんて、思ってもいなかったんだ。」
「クソっ!!この裏切り者の帝国の犬が!!」
大きく開け放たれた窓のすぐ傍に立っていたルルーシュとユーフェミアの前にいたスザク目掛けて、倒れたはずのテロリストが渾身の力で体当たりをしてきた。
悪魔のような素早さと自分を遥かに凌ぐ巨体にさすがのスザクも咄嗟には対応しきれなかった。突き飛ばされたスザクの先にいたのはルルーシュとユーフェミア。そして彼らの後ろにはまるで歓迎するかのように大口を開けて待ち構えている大きな窓。
二人は闇の中に飲み込まれるように宙に投げ出された。
「「スザク!!」」
高さの違う声が同時にスザクの名前を呼んだ。
そして
「どうして騎士は敵に止めを刺していなかったんだ?そうしたらそんなことも起きなかっただろうに。」
道理に合わないと柳眉を顰めるルルーシュの顔にはデカデカとわけがわかないと書いてある。こんな風に心情をあからさまに顔に出すルルーシュだったら、もっと違う道があったのだろうかと、スザクの脳裏にふとそんな考えが浮かんだがすぐに打ち消して話を続けた。
「騎士は人を殺すのが好きじゃなかったんだ。だから当て身で済ませてしまったんだ。」
「何だそれは。よくそんな覚悟で騎士になんてなれたな。」
「本当に、そうだね。」
もし過去に戻れたら、あの瞬間に戻れたら・・・。
それは時間にしたら本当に一瞬の出来事だった。
「「スザク!!」」
宙に舞う四本の白い腕が伸ばされ、咄嗟にスザクが掴んだのは、
主であるユーフェミアのものだった。
“大丈夫、二人とも僕が守るから”
“必ず助けるから”
“二人とも絶対助けるんだって”
その言葉が嘘になった瞬間だった。
「騎士は愛する人ではなく主を選んだんだ。意識的だったかどうかはわからない。あまりにも一瞬のことだったから、悩む暇なんてなかったんだ。だけど結果的に愛する人を守れなかったことには変わりはない。」
真っ白な頭でとにかく無我夢中で己の手にぶら下がるユーフェミアを助け上げた。
「ス・・・スザ・・ク・・。ルルーシュは?ルルーシュはどこにいるの・・・?」
震えて涙を流すユーフェミアにスザクは答えなど持ち合わせていなかった。
「それで?皇子は死んで、騎士は皇女とめでたく結ばれておしまいか?」
「いいや。騎士は皇子を守れなかったことを悔いて騎士を辞めたよ。」
「は?主を守ったのなら騎士を辞める必要などないだろう。」
昔と変わらぬよく響くテノールの声に慰められたような気がして、スザクは穏やかに微笑んだ。
「騎士はようやく気がついたんだ。本当に守りたかった人は誰なのかということに。」
ルルーシュは全身の至るところを骨折する重傷を負いながらも、落ちた先にあった木が緩衝材の役割を果たしてくれたおかげで、かろうじて一命を取り留めた。しかしなかなか意識が戻らず周りの人間をヤキモキさせた。
事件から2カ月もした頃、ようやく目を覚ましたルルーシュは涙を流して喜ぶユーフェミアとコーネリア、そして控えていたスザクの顔を順に見渡した後、スザクと合わせた視線はそのままに呟いた。
「誰、だ・・・?」
「ルルーシュ?私たちがわからないのですか?」
「何もわからない・・・。何も思い出せない・・・。」
「すぐに医者を呼んでこい!」
愕然とするユーフェミアと檄を飛ばすコーネリアの後ろでスザクは真っすぐに見つめてくる紫色の視線を受けて立っていることしかできなかった。
「落下の際強く頭を打ち付けた衝撃で、脳の一部が傷つけられてしまったようです。」
すぐさま行われた精密検査の結果、医師は重々しく口を開いた。
「記憶喪失ということですか?」
瞼を腫らしたユーフェミアが恐る恐る尋ねる。
「いえ、もっと深刻な障害です。」
「何だ、ハッキリと言え!どういう類のものだ!」
口を濁す医師に声をコーネリアが声を荒げた。
7年ぶりに再会した可愛い義弟が心配でたまらないのだろう。
「ルルーシュ殿下は重度の記憶障害を負っています。詳しいことはこれから様子を見ていかなければなりませんが、恐らく殿下の記憶は数時間から一日程度しか保たないでしょう。」
それからルルーシュはコーネリアが後ろ盾となり、医療が進んでいるブリタニアへと移送された。数カ月に及ぶ入院生活を経て、見える傷は全て治された。脳以外は。
快気祝いにと贈られた離宮の一室で、ルルーシュは穏やかな日々を送っている。
「それからその騎士はどうしたんだ?」
「残りの人生全てを守れなかった皇子様に捧げることにしたよ。」
にっこりとスザクが頬笑みかけると、不満そうに鼻を鳴らされた。
「フン、馬鹿馬鹿しい。罪滅ぼしのつもりか?死んだ奴のことなどさっさと忘れて幸せになればいいものを。そんな自己犠牲などただの自己満足に過ぎない。」
「仕方ないさ。そうすることが騎士にとってはこれ以上もない幸せだったんだから。」
「幸せ?どこがだ。ただの墓守じゃないか。」
「ただの自己満足だとしても、もう二度と愛する人の手を離すことがないように傍にいられることが騎士の幸せなんだ。」
「話にならないな。」
理解不能とばかりに肩をすくめたルルーシュの華奢な身体をスザクは後ろからそっと抱きしめた。
「と、突然何だ?」
「ごめん、少し寒くて。」
「大丈夫か?温度を上げてもらおうか?」
「ううん、大丈夫。でももう少し、こうしていさせて。」
甘えるように抱きしめる力を強くすると、仄かに耳を赤く染めたルルーシュから少しだけだからなと小さな声が返ってきた。昔と寸分変わらぬ反応に目頭が熱くなる。
柔らかな黒髪に顔を埋めて、スザクは声は出さずに口だけを動かした。
愛 し て る
どんなに温もりを分け合っても、どんなに楽しい時間を過ごしても、ルルーシュは明日になれば全てを忘れてしまう。スザクの存在さえもルルーシュの刹那の記憶の中では何の色も欠片でさえも残すことなく消え去ってしまうのだ。
だからルルーシュの脳ではなく心に刻み込むようにスザクは毎日声なき声で囁く。
君を ずっと 守る から
明日君がまた全てを忘れてしまうとしても、たとえほんの僅かであっても僕は君の刹那の記憶の中にいたいんだ。
「誰だ、お前?」
「僕だよ、スザクだ。」
愛 して いる よ
end
<あとがき>
特にスザクさんを糾弾したくて書いたお話ではないんです・・・。
本当です・・・。
念のため補足をしておきますと、スザクがルルに話していた”お話”では皇子様は死んだことになっています。
それはきっとスザクの知るルルーシュは死んでしまったということの表れではないかと。
でも最後は愛してると言っているので、このルルのこともちゃんと愛していると思います。
スザクさんの思考はよくわからないので曖昧です(←)
本当はこのお話、完全パラレルにするか本編沿いにするか悩んだのですが、珍しく本編沿いを選んでみました。やっぱり何度考えても本編のスザクさんの行動は全く理解できない!と思ったのでw
最後まで読んで下さってありがとうございました<(_ _)>
心からの愛と感謝をこめて。